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 Vol.1 校長からご挨拶

 <Vol.2-19>

 Vol.20 昔の話

 Vol.21
  スミスと私とヘドン(1)


 Vol.22
  スミスと私とヘドン(2)


 Vol.23
  スミスと私とヘドン(3)


 Vol.24
  スミスと私とヘドン(4)




玉越アカデミー

玉越アカデミー校長室 Vol.20

昔の話

 年明けから何だか寒い日が続いています。

「自分が子供の頃はもっと寒かったし、雪も必ず何回かは降って、浅草橋の実家横の路地に雪だるまを作った事も有ったぐらいですから、その頃のことを思えばたいしたことは無いのかも知れないね。」

 なんて会社で話をしている内にいつの間にか話題が昔のバス釣りのことになっていました。

 <Vol.10>でもお話しましたが、私が初めてバスを釣ったのは、1969年ごろ津久井湖で釣った25cmぐらいのバスでした。残念ながらトップではなくバイブレーションプラグで、それもキャストして高速でリトリーブ中にヒット、夢中で巻いて、気が付いたらバスが足元で跳ねていた。そんな感じの初バスでした。
 ただ、「メチャクチャ嬉しかった」のは覚えています。

 1970年代の半ばになるとルアーフィッシングも少しは注目されるようになり、バスルアーも種類が増えては来ましたが、使い方とかは分らず、ただ投げては巻くを繰り返していた人が多かったと思います。


当時の教科書にしたアメリカの雑誌と、マイタックル
1972年3月と撮影日の裏書がありました。
 私も神田の古本屋さんで手に入れた、アメリカのアウトドアー雑誌に載っているバス釣りの記事を、辞書を片手に翻訳したり、ルアーに入っている取り説を翻訳しては試してみる。

そんな釣行を繰り返していました。


 前にも何処かで書いたかもしれませんが、ヘドンのラッキー13も当時のカタログや取り説にはジャークして「ボコッ」とダイブさせるトップでの使い方とダーターとしての使い方(リトリーブすると水中をゆらゆらと体を左右に振りながら泳いで来てアピールする)が解説してあり、私などはかなり長い間このリトリーブを多用していたのですが、これで釣れたことはありませんでした。

 釣雑誌にもルアーフィッシングの解説記事が載りだしましたが、記事を書ける人が2人ぐらいしかおらず、今思えば首をかしげるような記事も沢山ありました。今では誰も使いませんが、

「バスは歯が鋭いからワイヤーリーダーが必需品」

とか雑誌には載っていて、当時、私が勤めていた釣具売り場ではワイヤーリーダーが沢山売れましたし、私も使っていました。・・・直ぐに止めましたが!

 良く売れたと言えば、ストリンガー(金属の鎖に巨大なスナップがいくつも付いていてそのスナップの針金を魚の口からエラに通して繋いでおくもの)もその一つです。  当時、トラウトも含めたルアーフィッシングをする人の3分の2は持っていたのではないでしょうか?そのぐらい良く売れたのです。今は小売店で目にすることはできませんが!

 トップウォーターでは無いのですが、ワームが輸入され始めた頃の雑誌の使い方解説にはこんな事も書かれていたのです。

「アタリがあったらリールのクラッチボタンを押して糸を出して送りこみます。糸が止まったらクラッチを入れて合わせます。」

 私がアメリカの雑誌等の記事を訳した時には、

「アタリが有ったら竿先を少し倒しながらラインを送り込んでから合わせる。」

というようなことが書いてあったので

「これは無いよな〜」

と判りましたが、当時はワームの釣りではクラッチボタンを押して糸を出す人が沢山いたのです。

 こんな事もありました。メキシコへバス釣りに行った時のことです。

 私と I 氏の乗ったボートの近くで釣りをしていたK氏から、

「おーい I ちゃん、ワームでアタリが来たからクラッチ切って糸を出しているんだけど、全然止まらないよ!もうすぐ糸が無くなるんだけどどうすれば良いのよ!」

と声が掛りました。

「何言ってんのよ〜。直ぐに合わせて!」

「どうだ〜い」

すると、

「合わせたんだけど・・・なんか木に巻かれちゃったみたい!」

「・・・・・・」

これ本当に有った話ですよ。今では考えられませんよね。

 私自身で言えば、1977年にサンディエゴ、メキシコへバス釣りに出かけたときに釣具屋さんで、当時の日本ではまだ馴染みの無かった

ラバージグや、
ジグヘッド(フットボールジグ)

がバラで沢山売られているのを見て、5〜6ヶ買って来ました。


アメリカの釣具店は宝の山。ビッグバスも・・・(笑)
 帰国後、早速、羽鳥さんを誘って芦ノ湖へ・・・その頃も昼少し前に着いて昼食をとってから

「さあ〜出ましょうか?」

というスタイルだったのでトップで釣れる夕方までの暇つぶしにちょうど良いと思っていたのです。

 ジグの釣りは初めてだったのですが、”底まで沈めてからチョンとしゃくって、また沈める”ぐらいの知識はあったので試してみたのです。

 ボートから岸に向ってのキャストだから、キヤストするとジグはすぐに底へ着く、チョンと煽って様子を見ると、今度は底へ着くのに少し間がある。
また、チョンと煽ると、今度は着底にもっと時間が掛かる、そうすると何回目かにはジグが底に着かなくなる。

「これで良いのかな〜。」

と不安になったのですが、ジグを回収してくる時に見えるダブルテールグラブの艶かしい動きには魅力がありました。

 そこでカケアガリ付近にある岩陰にキャストして、底に着くのを意識せずにチョンと煽ってから竿先を少し倒してリールを巻き、またチョンと煽ってリールを巻く、を繰り返したのです。今で言う中層スイミングですかね〜。

 これは良く釣れました。ほとんどは岩陰にスゥーとジグを落とし込んでチョン、チョンと2、3回煽る間にヒットしたのです。

 トップでは釣れないことの方が多かった芦ノ湖ですが、ジグでは確実にバスを手にすることが出来ました。(でも、今ではこの方法でもバスを釣るのは難しいでしょうね。)

 だから、暫くは芦ノ湖では、明るいうちはワームやジグやクランクベイトで遊んで、4時ごろになると

「そろそろですね〜」

とトップウォーターで暗くなるまで(当時は7時頃までやらしてくれたのです。)集中して釣る。これが我々のスタイルでした。

 こんなふうに、昔は試行錯誤しながら釣っていましたので、今思い出すと可笑しな事も沢山ありましたが、常に新しい発見があり、新鮮で、其の辺が楽しい思い出となっているのです。



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